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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)3191号 判決 1987年8月28日

原告

衛藤純

右訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

(他一名)

被告

医療法人清風会

右代表者理事

池田康子

右訴訟代理人弁護士

高井伸夫

山崎和義

高下謹壱

主文

一  被告は、原告に対し、金七四二万円及びこれに対する昭和六一年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二一七七万円及びこれに対する昭和六一年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は肩書地において光ケ丘病院を設置経営する医療法人であり、原告は昭和四七年四月一日被告との間に雇用契約を締結し、以来、右光ケ丘病院の医師として勤務に従事し、昭和六〇年一二月三一日右雇用契約を解約して退職した。

2  被告の光ケ丘病院の就業規則(以下、「本件就業規則」という)第三五条には「勤続二年以上の従業員が退職した場合、又は解雇された場合は、勤続年数一年につき退職又は解雇の日の属する月の基本賃金の二分の一ケ月分で計算した額を退職金として支給する」「前項の勤続年数の計算については、二年以上は六ケ月未満の端数は切り捨て六ケ月以上の端数はこれを一年に切り上げるものとする」との定めがある。

原告の勤続年数は昭和四七年四月一日から昭和六〇年一二月三一日までの一三年八月であり、退職の日の属する月の基本賃金は三一一万円である。

したがって、原告は、被告に対し、二一七七万円(三一一万円×〇・五×一四)の退職金請求権を有する。

3  本件就業規則第二八条には、従業員退職の場合は権利者請求後七日以内に金員の支払をなす旨の規定があり、原告は、被告に対し、退職にあたって退職金の支払を求め、また、昭和六一年二月二一日付書面で再度退職金の支払を請求し、右書面は同月二四日被告に到達したが、被告は原告に退職金の支払をしない。

4  よって、原告は、被告に対し、退職金二一七七万円及び右金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年四月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実中、本件就業規則第三五条に原告主張のとおりの定めがあること、原告の勤続期間が昭和四七年四月一日から昭和六〇年一二月三一日までであることはいずれも認め、その余の事実は否認し、原告が退職金請求権を有するとの主張は争う。

光ケ丘病院においては、医務部の日勤者については、本件就業規則で始業午前八時一五分、終業午後五時一五分と定められているのに対し、医師については就業規則に勤務時間の定めはなく、医師は始業午前九時、終業午後五時として勤務しており、また、事務員、看護婦その他医師以外の従業員(以下、「一般従業員」という)の基本賃金は、本件就業規則で時間給、日給、月給によるものとされているのに対し、医師については年俸が決められ、これが月割りあるいは年二回の賞与と月割りにされている等、医師の労働条件は、本件就業規則に定められた労働条件とは全く異なっており、本件就業規則は一般従業員を対象に作成されたものというべきであって、医師はその適用対象外である。そして、原告も、自分は従業員ではないとして、右医師の始業時間である午前九時には外来患者の診察が始まるのに午前一〇時頃出勤し、一一時三〇分頃には昼食にでかけてしまうという恣意的な勤務ぶりを続け、給与も、基本賃金の他に患者数に応じた手当を要求して多額の支給を受け、昇給、賞与、給与支払日についても原、被告間の交渉により一般従業員とは別に定められ、休日、休暇も本件就業規則に定められたものの他に、盆、正月や週末に特別に休日が与えられ、また、本件就業規則に定められた兼業、副業の禁止や欠勤の場合の賃金控除の規定の適用も受けていなかったのであって、その勤務実態は本件就業規則に定めた労働条件とはおよそ無関係なものであったのであるから、本件就業規則の適用は受けず、これに基づき退職金を請求することはできない。

なお、被告においては、従前、医師に退職金の支払われた例もない。

3  同3記載の事実中、本件就業規則第二八条に原告主張のとおりの規定があること、原告が被告に昭和六一年二月二一日付書面で退職金の支払を請求したこと、被告が原告に退職金を支払っていないことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二  同2記載の事実中、本件就業規則第三五条に、「勤続二年以上の従業員が退職した場合、又は解雇された場合は、勤続年数一年につき退職又は解雇の日の属する月の基本賃金の二分の一ケ月分で計算した額を退職金として支給する」「前項の勤続年数の計算については、二年以上は六ケ月未満の端数は切り捨て六ケ月以上の端数はこれを一年に切り上げるものとする」との定めがあることも当事者間に争いがない。

三  被告は、本件就業規則は原告には適用されず、原告はこれに基づく退職金請求権を有しないと主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない(書証略)並びに原告本人尋問及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、被告の光ケ丘病院には、本件就業規則の他には就業規則はないこと、本件就業規則は第二条で「この規則は当病院に雇用される従業員に適用する」と定めており、他にその人的適用範囲を定めた規定はないこと、本件就業規則の始業・終業時間(第六条)及び休憩時間(第九条)の定めは、一般従業員についてのものであって、医師はその対象に含まれていない(右各規定は、医務部、事務部、看護部、炊事部及びボイラー部の従業員の始業・終業時間または休憩時間を定めているが、医務部の従業員とは、薬剤師、臨床検査技師及びレントゲン技師を指すのであって、医師はこれに含まれない)が、他の労働条件を定める規定は、いずれも、特に人的適用範囲を限定してはいないことが認められる。そうすると、本件就業規則は、医師の始業・終業時間及び休憩時間についての定めを欠くものではあるが、全体としては、医師をも含む光ケ丘病院の全従業員を対象とする規定というべきである。

ところで、被告は、前記光ケ丘病院の医師に定められる労働条件及び原告の勤務実態が、同病院の就業規則に定められた労働条件とはおよそ異なるものであることを論拠として、前記の主張をしている。しかしながら、就業規則は、労働条件の定型としての機能を有するものではあるが、これと異なる内容の労働契約の締結を排除するものではなく、このような労働契約との関係では、最低基準として作用するのであって、この面では規範たる性質を有することとなる。したがって、個々の者に就業規則が適用されるか否かは、就業規則の定める適用範囲の解釈により決せられるべきものであって、これにより適用範囲内にあるとされる者について、その者の現実の労働条件や勤務実態から、規範たる就業規則の適用が排除されるとすることは背理というべきであり、このことは、その労働条件や勤務実態が全般的に就業規則の定める労働条件と相異する場合でも、また、その相異が一定の者に共通する場合でも変わることはない。よって、被告の右主張は採用し難い。

なお、被告は、被告においてはこれまで医師に退職金を支給した例がないとも主張するのであるが、このことが直ちに原告の本件就業規則に基づく退職金請求権の発生を左右する理由はなく、仮に、これが慣行と認められる場合には右請求権の発生を阻止する事由となるものと考える余地があるとしても、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(書証略)、被告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(書証略)並びに原告本人尋問及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、昭和四五年から昭和六〇年までの間に被告を退職した三名の医師に退職金の支給がなされなかったことは認められるが、右事実のみによっては、未だ被告においては医師には退職金を支給しないという慣行が形成されているものと認めるには至らず、他に右慣行の存在を認めるに足る証拠はない。

以上のとおりであるから、本件就業規則は原告にも適用されるのであって、原告はその第三五条に基づき、被告に対し、退職金を請求し得るものというべきである。

四  そこで、原告の退職金額について判断する。

まず、原告の勤続期間が昭和四七年四月一日から昭和六〇年一二月三一日までであることは当事者間に争いがない。

次に、原告の退職の日の属する昭和六一年一二月分の基本賃金についてであるが、被告代表者本人尋問の結果、いずれも同結果により真正に成立したものと認められる(書証略)によれば、原告の昭和六一年一二月分の給与の支給総額は三一一万円で、そのうち一〇六万円が本俸、その余は役付手当、当直料及び諸手当とされていることが認められ、右事実によれば、本件就業規則第三五条の「原告の退職の日の属する月の基本賃金」は一〇六万円であると解すべきである。なお、原告はこれを三一一万円であると主張し、(書証略)(賃金支給明細書)には三一一万円を基本給とする旨の記載があるが、原告本人尋問及び被告代表者本人尋問の各結果によれば、右賃金明細書は、原告に交付された際には「基本給」との文字の記載はなく、交付後、原告が被告の経理担当者に基本給の記載を要求したため、右経理担当者が一〇六万円と記載された欄の見出しに「基本給」と記載しようとしたところ、原告が三一一万円が基本給であると主張したため、そのように記載するに至ったものであることが認められるのであるから、右の記載のみによって、基本賃金を三一一万円と認定するのは相当でなく、他に右原告の主張を認めるに足る証拠はない。

そして、右原告の勤続期間一三年九か月と退職時の基本賃金一〇六万円を前記二記載の本件就業規則第三五条の退職金算定方法に当てはめれば、原告の退職金は、一〇六万円の二分の一に一四を乗じた七四二万円であることが認められる。

五  請求原因3記載の事実中、本件就業規則第二八条に、従業員退職の場合は権利者請求後七日以内に金員の支払をなす旨の規定があること、原告が被告に昭和六一年二月二一日付書面で退職金の支払を請求したことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない(書証略)によれば、右書面が同月二四日被告に到達したことが認められ、右の各事実によれば、原告の被告に対する退職金請求権の期限は同月三一日であることとなる。

六  よって、原告の本訴請求は、退職金七四二万円及びこれに対する期限到来後である昭和六一年四月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利賢)

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